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2017.01.29 Sunday

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    カクヨム流し読み書き流し記.1

    2017.01.14 Saturday

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      『プロレタリアが聴こえる』  作家:SHINOZUKA

      https://kakuyomu.jp/works/1177354054882260081

      小説・音楽・絵画・宗教・歴史の知識が、さりげなく挿入される。悪くうけとれば読者おきざりではある。呼吸のように知識を吐き出す文体なのか、意図的な配置なのかはともかくとして、彼・彼女にとって教養があふれでるのは、呼吸のように当然のものだと読める。

       

      『ここは退屈迎えに来て』(著:山内 マリコ)でいわゆるマイルドヤンキーの日常が描かれたのに対して、この小説では、いわゆるお嬢さまだった、女性の日常が描かれる。知識以外にも、文化的教養の高さはそこかしこに見られる。底辺が集う食堂のシーンも、ちがう階級に接したことがない故の、生理的不快感と偏見が先立っている。芸術という接点を見出し、緩和されていくが、この接点がなければ、彼女にとって異形の存在のままではなかったか。音楽のジャンルの横断を否定することと同様に、階級を落ちかけながらも、階級の横断は否定するのかもしれない、と個人的に予感してしまう。

       

      平安貴族から戦中戦後の旧家の話まで、貴族の没落のものがたりはたくさんある。しかしそれらは家と自分がつながっている。彼女は、家からの影響は強く受けているが、家との関係は強くない。出生の関係で、家と自分を同一視することはできない。彼女は、仕事も、親との関係も、恋人との関係も、不安定だ。その不安定さが小説として魅力になっているように思う。

       

      『死者からのメール』 作家:久浄 要

      https://kakuyomu.jp/works/1177354054882345940

      興味深いのは構成である。タロットカードの定義からゆったりとした詩へ、激しい独白へ、看護師の視点へ、そして私へ。一般的な小説ではあまり見ない。各章の冒頭に引用をくわえるのは『プロレタリアが聴こえる』でも用いられているし、欧米文学などでもよくある手法だ。辞書、詩、激しい独白、一人称、この一連の流れに惹きつけられる。私の章が三人称だったら、どのようになっただろうか。読者を小説に引き入れるための手法として、おもしろい。

       

      (読み途中)

      『彼女とネコは高いところが好き』 作者:二ツ木線五

      https://kakuyomu.jp/works/1177354054881100669

       

      『栗本薫 全著作レビュー』 作者:浜名湖うなぎ

      https://kakuyomu.jp/works/1177354054882021661

      JUGEMテーマ:読書

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